写メ日記

続 冬坂

2018/02/06 19:36:01

「俺にとっちゃ、
醜女ブス なんて存在しねえぞ
女オンナで あるという
それだけで、既に全体の
半分は備わってる
じゃねえか」



ドストエフスキーの
『カラマーゾフの兄弟』に
登場する はずせないキャラクター
で 兄弟達の父親 フョードルの名言(笑)

地主の跡取りだが 極めて自己中で
がさつで即物的、
常識はずれだが 世知にたけ 金儲けに
耳ざとく世渡り上手、つまり人を見る
眼力がある男で
病的な好色エロ親父、スケベ男だ
およそ どんな女に対しても性欲を
掻き立てられる、大変な精力の持ち主だ

フョードルの本性は過剰な好色であり、
癖は色事で演技すること
理想的な父親像とは全くかけ離れているが フョードルには三人の息子達には無い大人の男の魅力がある
フョードル親父の侮りがたい深さが
絶妙に発揮されるのは 女の話をする時だ
下品であろうが、それは狭了では無い
むしろ潔癖で頭脳の切れる上品な男が
器量が狭いとゆうのはよくある

女の話題となればフョードルは俄然
雄弁になる
この辺りの説教は抜群だ w
普通の男は、キレイな女が好きだ
しかし、それでは未々なのだ
好色さが足りない男 と言われても
仕方がない
フョードルくらいに過剰なスケベ男に
なると この世にブスは存在しなくなるw

某大学 文系ゼミで『カラマーゾフの兄弟』をテキスト教材にしたところ、
多くの学生が この箇所に惹かれ
「フョードルにブス無し」という言葉が
人生の真理として流行ったとかw
普段 好みタイプにうるさい男子らは皆
フョードルの器のデカさに衝撃を受けたw
これは もう正しい正しくない
の問題ではなく
"スケベパワー"の強さが男の器量のデカさに繋がっているのだ

好色であるというのは恥ではない
むしろ成熟した大人の魅力であり得るはずだ、しかし草食系の台頭で 女の選り好みさえ もどかしい程の好色男が評価されることは近年 少なくなっている
セックスレスでも まぁいいや、と思う
精子の減少した男子らと比べ フョードルは断然 男性精力の権化そのものだ

女性にとって フョードルの様な男は敵
だろうか? 彼にとって女は どれも
皆同じ区別みさかいないのだろうか?
とんでもない、
フョードルは 各女ごとに その特長を
ポジティブに見いだす

「俺の主義から言やあな、
どんな女にだって楽しめる部分が見つかるもんだぜ、ただ そいつを見つける術を
知らにゃならん、ソコだ!こりゃ才能だぜ!醜女ブスが存在しないたあな、
お前らなんぞに解るもんかよ!」
(1巻 2章)

アクティブな眼力、己から仕掛け その反応で女の本質を見抜く
彼がアホを演じたがるのも そのせいだろうか、
見る眼さえあれば、 この世にブスは存在しない こう言い切れる男はタフな男だ
頭が下がる
フョードルのこうした言葉を聞いていると、彼がまるで女にとって救世主に見えてくるが、 それは浅はかな考えだろう
フョードルはどこまでも どうしようもない過剰な漁色家でしかない

それにしても どうも憎めない男だ
この豪快なエロ親父のお蔭で
カラマーゾフは ひとつのブランドに
なった訳だから



新潮社
齊藤 孝 著
「過剰な人々」改題
「ドストエフスキーの人間力」

参考 抜粋

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