写メ日記

吝嗇

2018/06/05 14:35:30

フォーチュン誌、ギネスに よって
世界初の「超億万長者」に認定され、
自身の一族を ハドリアヌス帝 の末裔
と疑わない 伊系米国人の 石油王
ジャン・ポール・ゲティ

1973年、彼の孫 ポール・ゲティ三世
が 誘拐された事件は日本でも大きく
報道された。
犯人側(カラブリアの下級マフィア組織
ンドランゲタ) が要求してきた身代金は
1700万ドル(当時のレート換算で
約50億)世間を驚かせたのは その額
ともに、身代金支払い断固拒否の
表明。(ゲティ翁にすれば 趣味の
絵画や お茶代 程であろうにw)
まるで冷酷、金に執着する
狂気じみた 守銭奴の企業家にも
見えなくないが ビアースン(著)
原作「J・Pゲティ世界一嫌われた
大富豪の生涯」
(ハーパーコリンズジャパン刊)に
よると その背景には様々な思惑が
あることが解る。
「謂うなりに 身代金を支払えば、
14人いる孫達 全員が標的にされる
危惧がある」というゲティの公表は
誘拐をビジネスとした 地方マフィア
相手の警告として 正論であるだけで
なく、当時のイタリアでは誘拐犯に
身代金を支払う事は 違法とされて
いたのだから 極めて正しい行動とも
言える。

ゲティ会長の辣腕は確かなもので、
交渉によって320万ドルに下げられた
のも 考えてみれば最初に身代金支払い
を拒んだ ゲティの決断が あればこそ。
後に さらなる交渉で 290万ドルまで
引き下げられ、支払いを決断する
ものの 実際に出したのは非課税に
なる 最大限度額 220万ドルのみ。
残りは息子ポール二世に 4%の利子で
貸し付ける という徹底ぶりだった。

映画では 途中まで身代金額が
下がっても1ペニーすら支払う気が
無い ゲティ翁の描写が あるが、
その裏で当時、自身のビジネスは
皮肉な程 絶好調 だったという。
1973年に始まった 第四次中東戦争
の影響で、世界規模の 石油危機が
起こった。(日本で起こった
トイレットペーパー買い占め騒動も
これが原因) 原油価格が高騰すると
同時に、ゲティ社の ゲティ・オイル
の株価も上がり 月収は 2580万ドル
に迄 達していたという。


冒頭の取材シーンで
「稼ぐ get richは阿呆アホでも
誰でもできる が、
金持ちに成る be richは難しい
選ばれし者だけだ (笑)
数えられるうちは、そりゃ
資産と呼べんのでは ないかね
ドけち? 節約家と呼んでくれ(笑)
嘆願書に いちいち同情したのでは
このゲティ、破産だよ(笑)」

と 豪華な応接間で優雅に言い放つ
ゲティ翁に痺れますww 💰✨



貼P
梅田TOHOシネマ
ラッピングエレベータ前
水曜レディス🈹


石油王 ゲティ翁
名優 クリストファー・プラマー
御年88歳!!現役!!😲


キク婆 今6月から
出勤 12時~19時迄
と変わりました
よろしゅうね 💕



💸
金 カネだ…w